もっと知りたい、新大河ドラマ「花燃ゆ」

   2015/01/15

新大河ドラマ、始まりましたね。出だしはいい感じがしました。さて、これからどういう展開になるのでしょうか。



2015年の大河ドラマは井上真央さん主演の「花燃ゆ」。

 

1/4(日)スタートです。

1話は60分拡大スペシャルで、「人むすぶ妹」という副題がついています。

 

テーマは「幕末~明治」。

おととしの「八重の桜」も同じく女性主役の幕末~明治ものですが、
江戸幕府サイドから書かれたものです。

今回は「長州藩」という倒幕派側から描くことになります。

主人公は「吉田松陰」の妹の文(ふみ)です。

脚本を担当するのは、
フジテレビドラマ“1リットルの涙”を代表作にもつ大島里美と、
NHK連続テレビ小説“ぴあの”などの脚本を担当した宮村優子の2名で、
本作のために書き下ろしたものです。

 

今回は、女性にも見やすい工夫が沢山されています。

NHKの宣伝番組では「吉田家のホームドラマ」「若き志士たちの青春ドラマ」
「ふみの恋愛ドラマ」「男性たちを支えるキラキラした女性」
をキーワードにあげてました。

若手だけでなく中堅どころまでイケメン俳優も勢揃いです。

楽しみですね。

【1】主な登場人物と演じる役者さんの紹介。

・杉文(すぎ ふみ)

1843(天保14)年に杉家の4女として生まれました。
1921(大正10)年没と、幕末から大正までを生き抜いた女性です。
兄は吉田家に養子に出た吉田寅次郎(松田松蔭)です。

松蔭のすすめで15歳で久坂玄瑞に嫁ぎましたが、
久坂は1964年禁門の変で自害したため、22歳で未亡人となってしまいます。

その久坂の遺稿をまとめたのが、

姉・寿の夫となっていた小田村伊之助でした。
文の境遇を哀れんで、何くれとなく親切にしてくれた人物です。
寿と伊之助の子が養子として久坂家をついでくれました。

ふみは長州藩主の正室の女中、およびその長男の守役として務めるようになり、
美和と名乗るようになります。
このことからも才女であったことが伺えます。

維新後、群馬県令(今の県知事)楫取素彦(小田村伊之助)の妻
となっていた実姉の寿が中風で具合が悪かったため、素彦の身辺の世話や寿の看病などをするようになります。

寿が胸膜炎を併発し43歳で死去した2年後の1883年、母の勧めで素彦(小田村伊之助)と再婚しました。
姉の子である二男の面倒を見ながら暮らし、夫ともに幼稚園を設立したりと活躍します。

1921年(大正10年)に79歳で亡くなりました。

演:井上真央

28歳と若いですが、子役出身で芸歴は長く、
今回母親役の檀ふみさんとも子役時代に共演しています。
若々しく元気なイメージですが、繊細な演技にも定評があります。
NHK視聴者には2011年の朝ドラ「おひさま」の主役としてお馴染み。

 

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小田村伊之助(おだむら いのすけ)

ドラマなどに登場することは少ないですが、松蔭と関係も深く、
また主人公ふみの二人目の夫となる人です。

1829年(文政12年)に藩医の次男として生まれました。
ふみより14歳年上です。

明倫館で学び、その後は明倫館で昇進していきます。
松下村塾とは直接の関係こそないものの、松陰に信頼されて、訪問や援助を惜しみませんでした。
松陰投獄後は塾生指導をしていた時期もあるそうです。

吉田松陰の信頼が深かったことは、松蔭の妹の寿と結婚し二男をもうけていることからも伺えます。
その妻と死別したあと、やはり松蔭の妹であるふみと結婚しました。

公卿諸藩の間を奔走し倒幕運動の工作にも貢献しました。
鳥羽伏見の戦いの前年である1867年に楫取素彦(かとり もとひこ)と名を改めています。

維新後は長州藩に戻りましたが、1874(明治7)年から群馬県令(現在の県知事)となり、
その後は政治家として、元老院議官、高等法院陪席裁判官・貴族院議員・宮中顧問官等を歴任しました。

1912年(大正元年)84歳で亡くなっています。

演:大沢たかお 

46歳とは思えないイケメンぶりの俳優さん。
-JIN-でも幕末時代にタイムスリップしていました。
和服も似合ってましたから、今回も大いに期待できそうです。

181cmの長身を活かしてモデルをやっていたところから俳優に転身しました。

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・吉田寅次郎(よしだ とらじろう)

吉田松蔭として有名な人物です。

1830年(文政13年)下級武士である杉家の次男として生まれました。
4歳で叔父の山鹿流兵学師範である吉田大助の養子となり、叔父の玉木文之進が開いた松下村塾で指導を受けました。

子ども時代から、畑仕事をしながら父や叔父が
素読や詩を教えるような教育熱心な家庭で育ちました。

11歳で藩主への御前講義をして認めれた神童でもあります。
その後、西洋列強の強さを感じて、九州、江戸と遊学しました。
江戸では佐久間象山に師事することが出来ました。

教科書などに乗っている肖像画は、気難しそうな老成した人物のようですが、破天荒な一面を持っていた人でした。
信念のためなら何でもやるという人だったようです。

1852年22歳の時には、友人と東北への旅行を計画した際、出発日の約束を守るため、通行手形を待たずに出発。
その際に脱藩してしまいます。
江戸に悠々と戻り、士籍剥奪・世禄没収となってしまいます。

翌年黒船来襲で、外国留学を決意して、なんとかロシア軍艦に乗り込もうとするが失敗。

その翌年1854年には、足軽の金子重輔と二人で、
ペリーの黒船に盗んだ小舟で赴いて、乗り込みます。
必死に「アメリカで学びたい」と訴えますが、
あっさり拒否されてしまいました。
(学びたいという理由で、ペリーの船に乗り込んだのは彼だけだったそうです)

小舟が流されてしまったため、幕府に自首し、
長州藩へ檻送され野山獄に幽囚されてしまいます。

松蔭は信念に従いながらも「法律違反をしている」ことは重々承知していました。
しかしながら、己に恥ずることは何もないと堂々とした態度を取り続けました。

獄中では、囚人達を相手に「孟子」の講義を行い、
獄吏も聞き入ることが度々であったと伝えられています。

翌年には杉家幽閉処分となり、町人などに学問を教えていたところ、
評判となって人が集まってきました。
それが松下村塾として有名になっていきます。

町人にも分かりやすく教えられるというのが、上っ面の知識だけでなく、
本当に賢い人だったことを伺わせます。

蟄居しながら松下村塾で教えたのは2年余りで終わってしまいます。

1858年、幕府が日米修好通商条約を締結したことを知って激怒し、
倒幕持ちかけたために、再び捕らえられ、野山獄に幽囚されてしまうのです。
まさしく行動の人ですね。

翌年の安政の大獄に連座して江戸に檻送され、
取り調べでは老中暗殺計画を自供してその思想を存分に語り、
世間に自分の考えを訴えましたが、30歳で斬首刑で生涯を閉じました。

妹のふみは兄・寅次郎から「心さえ清ければ、もうそれでいいのだよ。
貧しいのに豊かなように見せかけたり、破れたものをムリに破れていないように見せかけようとしたりするような、そういう心はよくない。
女性たる者、そういうところを、よくよく心得ておかなければならないよ」と言われたと、晩年に語っています。

学識の高さや情熱だけでなく、優しい暖かな側面が人々を惹きつけたのではないでしょうか。

演:伊勢谷友介

こちらも38歳なの?と思う長身で美貌のモデル出身の役者さんです。
異父兄はファッションデザイナーの山本寛斎であり、本人も東京藝術大学を卒業しています。
現在も、美術家や実業家としての側面ももち、寡作な俳優さんです。

テレビドラマはNHKの「白州次郎」「龍馬伝」しか出ていません。

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久坂玄瑞(くさか げんずい)

ヒロインふみの最初の夫となる人物です。

高杉晋作とともに松下村塾の双璧と呼ばれました。
松陰に「防長に於ける年少第一流の人物で、無論また天下の英才だ」と
高い評価を受けた人物です。

長州藩における尊王攘夷派の中心人物であり、
土佐の坂本龍馬や中岡慎太郎、薩摩の西郷隆盛などに多大な影響を与えました。

1840年萩の藩医の元に生まれ、幼少から吉松塾、藩の医学所などで学びますが、
家族が次々となくなり15歳で天涯孤独となり久坂家当主で医師となります。

16歳には秀才の誉れ高く、長身で美声と恵まれた資質の少年でした。
また豪腕で情熱家、男のロマンが詰まったような人物ですね。

16歳で九州遊学をしたのち、周りの勧めもあって松蔭と手紙のやり取りをするようになります。
血気盛んな久坂の情熱を、松蔭は高く評価し、厳しい返信を送ることで、若い久坂の思想を深く掘り下げるように促します。

この往復書簡をへて久坂は松下村塾に入塾しました。
松蔭は高杉と競わせ、その才能をより大きく開花させました。
松陰は久坂を評価し、妹のふみを嫁がせます。

 

しかし、1864年の禁門の変で破れ、29歳の若さでなくなります。

演:東出昌大

これまた189cmと長身でモデルもやる若手俳優さんです。
NHKでは「あまちゃん」「ごちそうさん」と朝ドラに出ていてお馴染みの顔ですね。
剣道3段という腕前なそうなので、役にもピッタリだと思います。

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高杉晋作(たかすぎ しんさく)

1839(天保10)年生まれ。
10歳の時に疱瘡を患ったことは、彼の死生観に影響を与えているのかもしれません。

久坂と同じ吉松塾を経て、藩校の明倫館に入学しました。
小柄な身体でしたが、柳生新陰流剣術免許皆伝の剣豪でもあります。

18歳で松下村塾に入り、
久坂玄瑞とともに松下村塾の双璧と呼ばれるようになります。

松蔭は高杉の才能を見抜いていて、
剣術ばかりに励む高杉に対して久坂を褒めてライバル心を煽りました。

1862年には藩命で上海へ渡航、清が欧米の植民地となりつつある実情や、太平天国の乱を見て衝撃をうけました。
しっかりリボルバーを買ってきて、坂本龍馬に渡したりもしています。

面白いですね。

帰国後は久坂らと共に尊王攘夷運動に加わります。
英国大使館焼き討ち計画など過激な面を持つため、長州藩に呼び戻されて謹慎状態になってしまいます。

1863年は下関戦争で惨敗しますが、この時高杉は奇兵隊を結成します。
これは身分によらない志願制の軍隊でした。
松蔭の思想である草莽崛起( 在野の人よ、立ち上がれ)を色濃く反映したものだと言えます。
名前は「兵は正を以て合い、奇を以て勝つ」という孫子の兵法からとっています。

その後、長州藩は禁門の変で敗北して朝敵となり、盟友の久坂玄瑞は自害してしまいます。

しかし、悲しむ暇もなく長州藩は厳しい局面を切り抜ける必要がありました。
4カ国連合艦隊から下関が攻撃されたため、和議交渉を任されることになります。
24歳の高杉は、日本国の由来を長々と語って煙に巻いたりして、通訳だった伊藤博文が冷や汗をかいたという話が残っています。

長州藩内が幕府側に傾く中で、高杉はあっさりと逃亡してしまいます。
この辺は高杉の面白いところですね。
やばいとなったら逃げる人が居なければ、倒幕は難しかったかもしれません。
攘夷だと言ってるのに下関開港を訴えた時も、仲間の尊王攘夷派からの反発が大きく、
命を狙われたために、愛人とともに四国へ逃げてしまってます

これも松蔭の影響があるかもしれません。

松陰は「世の中には生きながら心の死んでいるものがいるかと思えば、
その身は滅んでも魂の存する者もいる。
死して不朽の見込みあらば、いつ死んでもよいし、
生きて大業を成し遂げる見込みあらば、いつまでも生きたらよいのである」
と高杉に教えたそうです。

また長州に呼び戻されて、土佐や薩摩と協力体制を作り上げて四境戦争で勝利します。
倒幕へあと一歩というところまでこぎつけましたが、高杉は肺結核のため療養に入り、1867(慶応3)年、大政奉還を見ずして27歳で亡くなりました。

辞世の句として

「おもしろきこともなき世におもしろく」というのが残されてますが、

これこそ高杉晋作の生き様と言えると思います。

演:高良健吾

こちらも最近活躍の若手俳優さん。
今回は吉田寅次郎を演じる伊勢谷友介さんが、「龍馬伝」で演じていたのがこの高杉晋作です。

正直いってやりづらい面もあるのではないかと思いますが、
研究熱心で「何かが掴めそう。自分なりの高杉晋作を演じたい」と
意気込みを語っています。


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見事にイケメン揃いですね。

「劇団ひとり」演じる伊藤博文が少し息抜きになるかもしれません。
男性から見てもカッコ良い俳優さんに囲まれる「ふみ」がちょっと羨ましくなりそうです。

【2】松下村塾ってどんな所だったのでしょう?

 

幕末期に吉田松陰が主宰した私塾です。
天保13年(1842)に松陰の叔父である玉木文之進が自宅で私塾を開いたのが始まりで、
安政4年(1857)、28歳の松陰がこれを継ぎました。

 

松陰は身分や階級にとらわれず塾生として受け入れ、
わずか1年余りの間に
久坂玄端、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋、山田顕義、品川弥二郎など、
明治維新・明治新政府に活躍した多くの逸材を育てました。

木造瓦葺き平屋建ての50㎡ほどの建物で、
当初からあった8畳の一室と、後に吉田松陰が増築した4畳半一室、3畳二室、土間一坪、中二階付きという間取りで、講義室は8畳の部屋でした。
当時、この地域が松本村と呼ばれていたことから「松下村塾」という名がつけられました。




 

◆どの様な授業だったのでしょうか?

吉田松陰の松下村塾の授業には、時間割の様なものはなかったようですね。

塾生が来たい時間に来たので、
生徒が集まれば朝早くても、夜遅くても授業が有ったと言われています。

 

また共通の教科書というものも無く、
松陰が塾生の学力や興味、関心などを考慮し、
それぞれに合った書物で学ばせていたようです。

ただ、あくまでも学びたい塾生の意志が尊重されていたという事です。

 

塾の授業は松陰の講義だけではなかったようです。
*グループに分けて討議させる方法。
*一対一で本を読み、お互いの間違いを見つける方法。
*講義の途中で塾生に意見を求め、それを議題にする授業。
*議論では発言をあまりしない塾生に積極的に発言する様に指導する。

 

松陰は、

「自分は十分に教えることはできないが、塾生と一緒に勉強することはできる」

という考えを持っていたと言います。

 

彼の教育が今の日本に受け継がれていないのが、残念ですね。

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