闘鶏だった軍鶏とは?

 

2016年10月24日、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」(三重、 奈良、和歌山)に田辺市の闘鶏神社が追加登録されることが決定しました。

闘鶏に使われた軍鶏ってどんな鶏だったのでしょうか?

<闘鶏神社>

闘鶏神社は和歌山県田辺市にある神社で、地元では通称「権現さん」と呼ばれています。

名前の由来は、平家物語で源氏を勝利に導いた故事によるもので、源氏平氏双方から援軍を要請された武蔵坊弁慶の父であると言われている熊野別当湛増が神意を確かめるために、ニワトリを戦わせたことにあります。

日本での闘鶏の歴史は、最も古い記録は8世紀前半に編纂された「日本書紀」に残っています。やがて江戸時代にタイから軍鶏(シャモ)が輸入されてさらに盛んになりました。シャム猫と同じようにタイの旧国名シャムからその名は由来します。

現在では、動物愛護の観点から、公式に行われているところはないものの、高知県や北東北などで行われています。東南アジアでは今でも盛んに行われています。

闘鶏用の軍鶏が散歩しているのを見かけても決して猫がちょっかいを出さないほどに気性が荒いのです。
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<軍鶏の特性>

今東光の短編小説に「闘鶏」というのがあります。闘鶏に夢中になる少年と雄々しい軍鶏を描くこの小説では、河内弁が闘鶏の物々しさをよりリアルに表現しています。

「今からシャモ鍋にして喰うてしまうんじゃ。われも御馳走(ごっつお)したるで」

闘鶏では、軍鶏の足に刃物を着けて戦わせるという場合もあり、このときには確かに軍鶏も命がけということになります。

一般にオスは気が荒く、メスはおとなしいと言われていますが、気性の荒いメスもいます。要は個体差であって、実は人にとてもよくなつきます。

<日本での闘鶏>

少々専門的になりますが、八尾市史(近代)本文篇の中に、書かれている下りがあります。それによると、闘鶏は年中行われているが、3~10月は草相撲のようなもので、暮れから正月ごろには熱狂的に行われ、2月3月には歴戦の戦士が勝ち残る。

訓練の方法としては、すでに敗れた軍鶏(下つ鶏 という)を練習相手にさせる、軍鶏の蹴爪(ジラ という)は攻撃の武器になるが、伸びすぎて万が一試合の最終に折れると武器を失うことになるので鋭利に手入れすることなどが書かれています。

現在では数少なくなってしまいましたが、高地には専用の闘鶏場があります。

所在地     〒781-6423 安芸郡安田町西島
駐車場     無
交通アクセス  南国ICから車で90分
お問い合わせ  安田町経済建設課
電話:0887-38-6714  E-mail:ysd-keizai@town.yasuda.kochi.jp

<軍鶏鍋>

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現在私たちが「軍鶏」と聞いて連想するのは、最近話題になっている「東京しゃも」に代表される食用の鶏肉のことです。元来が闘鶏用のものだけに、筋肉質の肉は噛みごたえがあり抜群の味わいです。

また、軍鶏を小型化した小軍鶏を買うことが密かなブームとなっています。実はとっても身近な存在なのです。

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