今も傷痍軍人が暮らしているアンヴァリッド

 

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アンヴァリッドはパリの有名な観光地として現在、開かれた建造物となっていますが、もともとは17世紀にルイ14世が計画し施工された廃兵病院です。

建物の一部は13世紀から第二次世界大戦までの軍事コレクションを観賞できる、世界最大級の軍事博物館として公開されています。

そしてこの建物をなにより有名にしている理由はドーム教会の地下に、あのナポレオン・ボナパルトの棺が安置されていることです。

アンヴァリッドの歴史

Hôtel des Invalides


17世紀、フランスでは退役軍人の素行不良が社会問題になっていました。それまでフランスには傷病兵や年老いた兵士を受け入れる廃兵院というものがなかったのです。

そこでルイ14世は傷痍軍人を受け入れる看護施設を計画します。それがオテル・デ・ザンヴァリッド、通称アンヴァリッドです。

1671年にリベラル・ブリュアンが指揮を執り設計が開始され、教会をふくめた建物全体が完成したのが1706年でした。当時は施療院以外に兵舎、礼拝堂、病院、製作所としても使われていたのです。

1674年から傷病兵の受け入れを開始し、18世紀初頭にはその数4500人以上になりました。そして現在でも100名ほどの傷痍軍人が暮らしている現役施設です。

ドーム教会


アンヴァリッドのなかでもっとも有名なドーム教会、こちらは宮廷礼拝堂となっています。金色の丸天井が荘厳な景観を形作っています。

高さは107メートルに及び、エッフェル塔建造以前では最高の高さを誇る建築だったのです。理由のひとつに教会などの聖なる建造物を上から眺めるのは自粛する、という暗黙の了解があったようです。

教会の中央真下にはナポレオンの石棺が収められており、その周囲にはナポレオンの息子のナポレオン2世や著名な将軍たちが永眠しています。

祭壇脇には階段があり、ここを下りると地下に眠るナポレオンの石棺を間近で見物することができます。その周りの回廊にはレリーフ装飾が施されており、フランス最大の将軍の功績を讃えています。

サンルイ教会


ドーム教会が王族の教会であるのに対して、隣接したサンルイ教会は兵士の教会です。古典建築の美しさを再認識させる整然とした建物の中央にパイプオルガンがあります。

アーチ形の天井には軍旗が掲げられていますが、これはフランスの勝利を顕示するために敵国から奪ったものです。現在でもフランス軍の教会として利用されています。

「軍事博物館」


2003年より順次リニューアルされ、現代的な展示施設として一新された軍事博物館。

その中には【大砲コレクション】【中世部門】【近代部門】【世界大戦部門】【シャルル・ド・ゴール館】と5つのセクションにわかれ、それぞれが貴重なコレクションを見せています。そしてその充実の内容から世界三大軍事博物館のひとつに数えられています。

ナポレオンが実際に身に着けたコートや帽子、それに肖像画などもあり、ファン垂涎の展示施設となっております。

アンヴァリッド 豆知識

・ルイ14世が建てるまえのこの地区は、何もない沼地でした。

・有名なフランス革命の発端は、バスティーユ襲撃といわれてます。

 しかし、パリの民衆は、パスティーユに行く前に、アンヴァリッドに行き、小銃と大砲を奪ってバスティーユに向かったのです。ですので正確にいうと、アンヴァリッドがフランス革命の発端の地であると言えます。

・アンヴァリッドの軍事博物館には、下関戦争(1863年から64年)当時の長州との戦争で勝利し、押収した、長府の前田砲台にあった大砲が展示されています。

・博物館内には、ナポレオンの帽子が展示されています。ちなみに彼の帽子のサイズは58センチで、帽子が大好きだった彼は一月にひとつの割合で帽子を作らせていたとのことです。

参考元URL
ウィキペディア
メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド

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