「心頭滅却すれば火もまた涼し」で合ってる?

 

「心頭滅却すれば火もまた涼し」

夏などによく使う言葉ですね。または熱いお風呂に入ったときなど。でも、これ、元の詩は「心頭を滅得すれば火も自ら涼し」が正解なんです。微妙に違いますね。

この詩の背景について紹介したいと思います。

杜筍鶴


この詩は唐の末期の詩人 杜荀鶴という人がお寺の壁に書いた詩です。

夏日 悟空上人の院に題す

「三伏 門を閉ざして一衲をきる
兼ねて松竹の房廊を蔽う無し
安禅は必ずしも山水を須いず
心頭を滅得すれば 火も自ら涼し」

当時は寺や旅館、役所の壁に自作の詩を書いて世に問うのが普通でした。悟空上人が暑い夏に門を閉ざし、粗末な服を着て、暑さをものともせず、涼しげに座禅している姿に感動したのでしょうね。

詩人として有名になっていった彼も科挙の試験には何度チャンレンジしても、落ちていました。

そんな時同じく科挙の試験に落ち、塩の密売人になった男が反乱を起こし、長安や洛陽も占領し、大混乱になり、詩人は故郷に近い仏教の聖地九華山に逃げ、高僧達と交際しました。

46歳の時、やっと科挙に合格しましたが、その後の詩は残っていません。

彼はいろいろあって朱全忠という人の元に死ぬまでいます。朱全忠は反乱軍に入っていましたが、形勢不利と見て、寝返り、皇帝からほめられたひとです。

杜荀鶴の晩年は傲慢な言動で恨みを買う感じだったようです。杜が亡くなった三年後に朱全忠が反乱を起こし、唐は滅ぼされました。

なんか、色々と皮肉ですね。


この詩に着目したのが禅僧でした。ある禅僧は寒い時は寒いまま暑い時は暑いままでいいと言うような事を言っております。暑さ寒さをものともせず、しのごうともしない禅の世界に響く詩だったのでしょうね。もともと禅僧の姿に感動して書いた詩ですし。

ゆえに恵林寺の快川和尚もこの詩を知っていて、寺に火を放たれた時「安禅必ずしも山水を煩いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」と唱えたという話が残ったのでしょう。

それが「心頭滅却すれば火もまた涼し」になったのは、この方が言いやすいからでしょう、おそらく。

詩を書いた人の心はやがて禅から離れていきましたが、心と身体の感じ方は確かに関係していますから、残ったのでしょう。暑くてもどうしようもない時はよくありますからね。

今は寒いので、炬燵の誘惑には負けるな、寒さの中でも泰然としろ!という事でしょうか。

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