深い… 遠藤周作『沈黙』

 

マーティン・スコセッシが映画化を目指して頑張ってます。撮影延期でイノウエが渡辺謙さんから浅野忠信さんに変更になりました。キチジローはイッセー尾形さんという話です。ハマりすぎですね。

1966年の作品ですが、時代を超えた力のある作品です。禁教中の江戸時代に日本に密航したポルトガル人司祭を主人公に、神と信仰の意義をテーマとしています。第2回谷崎潤一郎賞受賞作。

遠藤はこの小説を通して、日本におけるキリスト教は「弱者の神」「同伴者イエス」という考えで受け入れられるという考えに到達しました。その後「死海のほとり」「侍」「深い河」といった小説や、キリスト教に関する随筆などでも、度々この解釈を主題にしています。

1.遠藤周作について

「沈黙」はクリスチャンである遠藤周作の傑作です。禁教が厳しくなった時代に密かに日本入りした宣教師ロドリゴが、教会の教えるキリストではなく、新たなキリストを自己の中に見出して踏み絵をするまでの軌跡を追う小説です。
史実をベースにしていますが、ロドリゴの内面については創作となっています。

遠藤は沢山のキリスト教に関する小説や随筆集などを執筆しています。日本にもキリスト教徒として信仰をテーマに小説を書いた作家は多いですが、大半が大人になってから信仰をえた人物です。
そんななか、遠藤は叔母が信徒だったために自然に日曜学校に行き、何もわからぬまま洗礼を受けたキリスト教徒作家です。

私達が、自然になんとなく八百万の神を信じるように、彼はキリスト教を信じるようになったと言えます。
彼について理解することが、この小説を読み解くベースになるので、初めに彼について簡単に述べたいと思います。

1923年(大正12年)銀行員の父遠藤常久と東京音楽学校ヴァイオリン科出身の郁の次男として生まれます。
3歳で満州に転居。父が優秀な兄正介と比較して厳しくあたるのに対し、ひたすらに音楽に打ち込む母に対する思慕が強い子どもだったといいます。
10歳の時、父の浮気により両親が離婚して日本に戻ります。神戸市の叔母と共に暮らすようになり、叔母の勧めでカトリック教会に通い始めます。

私立灘中学校入学後、13歳で母、兄と共に洗礼を受けます。洗礼名はパウロ。
灘中学入学後は遊びに忙しく、成績が悪化し、なかなか大学や旧制高校への合格がならず3浪してしまいます。母の経済的負担を考えて、東京の父の下に移ることにしました。
しかし、慶応大学医科受験(父の家はもともと医師の家系)を指示されていたのですが、慶応大学文学部を受験したことがバレて勘当されてしまいます。

カトリックの寮に入り、ここで色々な出会いを得ます。ジャック・マリタン、リルケなどを読み耽り、堀辰雄と出会ったことで、猛烈な勉強を初め、慶應義塾大学文学部仏文科に進学することになりました。

在学中に太平洋戦争が勃発。この頃はカトリックであることが「敵の宗教を信じている」という目でみられ、のちの禁教時代のカトリック教徒を題材にする契機となったと言います。

終戦後は、復学しジョルジュ・ベルナノス、フランソワ・モーリアックなどのフランスのカトリック文学に傾倒し、大学の先輩の安岡章太郎と出会います。処女評論「神々と神と」が雑誌に掲載。卒業後は、カトリック・ダイジェスト社で働きだしました。

1950年に戦後初のフランスへの留学生として渡欧。これを契機に、日本人であることとカトリック信者であることの矛盾に対する疑念が強くなります。
違和感について、「お仕着せの服を着せられているような感じ」、だと表現していました。そして、日本人としてキリスト教を見つめなおすという作業に取り組むことを「だぶだぶの洋服を和服に仕立て直す作業」と語っています。

留学途中に肺結核を発病して帰国。その年の末に、最愛の母である郁が脳溢血で急死。母は優しいだけでなく厳しい人で、いつも「それはHoly(神聖)ではない」という言葉で子供たちを諭しました。

1955年「白い人」で芥川賞を受賞。処女短篇集「白い人・黄色い人」刊行。
仏文科出身の岡田順子と結婚、翌年長男を得て温かい家庭を持つようになり、父との確執が強まることになりました。執筆だけでは食べられず上智大学などの講師などを兼任します。

1958年「海と毒薬」で第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞を受賞。これは事実に基づいた小説であり、日本人のその場の状況に流されやすい点をズバリと描いていますが、それは宗教の有無とは別の問題ではないかという指摘もされています。どちらにせよ、傑作です。

1959年 最初の切支丹小説「最後の殉教者」を発表。
1959年妻と共にフランスに旅行してマルキ・ド・サドの研究を行いますが、翌年帰国後体調を崩し入院し、1961年の手術では危篤状態にまでなってしまいました。その後、療養のために借りた家を狐狸庵と名付けて、本来好きだったジョークやオカルトめいた話も気軽にする「狐狸庵先生シリーズ」の執筆も始まります。

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1966年「沈黙」を刊行。
1973年「死海のほとり」、「イエスの生涯」刊行。
1976年、評伝「鉄の首枷―小西行長伝」を連載

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1977年兄の正行がなくなります。母と一緒の墓にという願いを叶えてやるために奔走。周作にとっては、勉強を見てくれたり、父との仲介を取ってくれたりと、頼りになる兄でした。

1978年「キリストの誕生」(読売文学賞評論・伝記賞受賞)刊行。「イエスの生涯」で国際ダグ・ハマーショルド賞を受賞。
評伝「銃と十字架―有馬神学校」を連載。

1979年、評伝「王国への道 山田長政」を連載。
1980年「侍」刊行。野間文芸賞受賞。
1985年「私の愛した小説」、1986年「スキャンダル」刊行。
1988年~1991年にかけて、反逆、決戦の時、男の一生を新聞連載。戦国三部作と呼ばれています。

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1991年マーティン・スコセッシと「沈黙」の映画化について話し合いしています。スコセッシは2015年公開を目指して1月から鋭意撮影中とのことです。実現すれば24年ごしの約束が果たされます。

1993年「深い河」刊行。この作品ではシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)を取り扱っており、カトリックがオカルト的なことを認めるのかという議論も起きました。
しかし、遠藤はもともとオカルトは好きなタイプであり興味もあったようです。子供の頃から好奇心の旺盛な彼らしいと言えます。

1994年最後の歴史小説「女」を朝日新聞に連載。

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1996年(平成8年)死去。大正から平成まで生きた大作家である事は間違いないでしょう。太平洋戦争中から骨膜炎を患い、その後も結核などに悩まされながらの人生でした。
それでも楽しいことが大好きで、下手な人しか入れない合唱団や、素人劇団などを主催。「狐狸庵先生」として親しまれました。

2.あらすじ

世界中で13カ国語に翻訳され、グレアム・グリーンに「遠藤は20世紀のキリスト教文学で最も重要な作家である」と賞賛された小説。
モデルはイタリア出身の実在の神父ジュゼッペ・キアラで、棄教後に岡田三右衛門の名を与えられ、江戸小石川の切支丹屋敷で生涯を終えています。

「沈黙」の碑が舞台となる長崎県長崎市ありますが、そこには「人間が/こんなに/哀しいのに/主よ/海があまりに/碧いのです」と書かれています。この言葉は沈黙のテーマに鋭く迫っています。

日本は織田信長の時代から西洋文化が流入するようになり、キリスト教も一気に広まりました。しかし、一向一揆などの宗教が絡む反乱の恐ろしさは武士たちの記憶に新しいものでした。

初めて九州に上陸した秀吉が、税を収めることを拒否するキリスト教徒をみて禁教令を発しています。しかし、家康の時代になっても当初は緩やかなものでした。

そもそも家康最晩年の側近は一向一揆に参加するために何十年も出帆していた本田正信です。基本的には「日本の利益になるなら構わない」という姿勢がメインでした。
しかし、司祭たちの望みとは違っても、ポルトガルなどの最終目的が植民地化であることに気がついた江戸幕府は、禁教、貿易の制限へと向かうことになります。

戦国時代の最後のひと暴れとなったのが「島原の乱」です。これを契機に信者への攻撃、棄教のすすめ、拷問などが狡猾になります。

日本で活動していた師のフェレイラが棄教したという報せに驚愕し、弟子セバスチャン・ロドリゴとフランシス・ガルペは日本に潜入します。
そこで出会ったキチジローの案内で五島列島に潜入。隠れキリシタンたちに歓迎されますが、彼らの信仰がロザリオや秘跡を受けることばかりに向いていることに疑問を持ちます。

キチジローは心弱く、かつて踏み絵をして棄教した者でした。村がキリシタンの集まりだとバレた時、ロドリゴは「踏むだけでいい。心は捨てられない」というが村人たちはツバを吐きかけろと言われて拒否してしまいます。
そんななかキチジローは、またつばを吐き踏み絵をしてしまいます。「俺はあんなに強くない。そういう奴はどうしたらいいんだ」という切実な訴えに、ロドリゴは答えられない。

厳しい拷問で死んでいく村人を助けられない苦しみ、彼らになんの言葉も救いも与えない神の沈黙への思考が深まっていきます。

村が危ないのでガルペと分かれて脱出することにしたロドリゴは、再びキチジローの裏切りにあい長崎奉行所に捕らえられます。そこには、あの村の優しい住人たちが捕らえられていました。

この地方を治めるイノウエという奉行は、かつてクリスチャンだった男であり、キリスト教の弱点を知り抜いています。自分も苦しんで棄教したのです。
殉教する信者たちを前に、ガルペは思わず彼らの元に駆け寄って命を落とします。ロドリゴはひたすら神の奇跡と勝利を祈りますが、神は沈黙を通すのみ。ロドリゴは自分の勇気のなさと、神の沈黙に愕然とします。

イエスが十字架で述べたという言葉「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」(わが神、どうして私を見捨てられたのですか。)」という言葉があるように、神の沈黙というのは、キリスト教にとっては大きなテーマです。

長崎に移されるロドリゴを、泣きながら必死で追いかけるキチジロー。
ロドリゴは師のフェレイラと再開。長崎奉行のイノウエとの対話を通じて、日本人にとって果たしてキリスト教は意味を持つのかという命題を突きつけられます。

奉行所の門前では、キチジローが何度も何度もロドリゴに会わせて欲しいと泣き叫んでは、追い返されますが、ロドリゴはもうキチジローに軽蔑しか感じない。
イエスはユダの裏切りに対して、どう思ったのであろうかという昔からの命題が頭を去来するが、答えを見出せない。

殉教を期待して牢につながれたロドリゴですが、いびきだと思っていた声が、拷問されている信者の声であり、ロドリゴが棄教しない限り許されないことをフェレイラから教えられます。

自分の信仰か、棄教という犠牲によって苦しむ人々を救うべきなのか。ついにロドリゴは、踏絵を踏むことを受け入れます。
そのすり減った銅板に刻まれたイエスの顔がかたりかけます。「踏むがよい。お前のその足の痛みを、私がいちばんよく知っている。その痛みを分かつために私はこの世に生まれ、十字架を背負ったのだから」

告解にきたキチジローにもう資格はないのだといいながら、イエスの言葉を告げます。
「私は沈黙していたのではない。お前たちと共に苦しんでいたのだ」
「弱いものが強いものよりも苦しまなかったと、誰が言えるのか?」

教会からは追放されるだろうが、新たに自分なりのキリスト教への信仰を得たロドリゴは、最後の司祭として生きる決心を固めます。

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3.感想、解釈

人が多くの苦しみの中にいる時、何か人間を超えた存在に助けを求めるというのは自然なことでしょう。
古くは各部族の祈りから始まり、無宗教だと言われる日本でも、自然への畏怖や祈りは絶えることがありません。

東北の震災の時、何かに祈った人は多くいたはずです。自らもできる事を探して行動しながらも、どんなものでもよいから一人でも多くを救ってくれと願ったでしょう。

それを創造主に求めたのが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教です。これらは反目しあっているようであるが、1つの創造主を信仰しています。

キリスト教で「旧約聖書」と呼ばれるものがユダヤ教の聖典です。この中に、いずれ救世主を遣わすという言葉があり、ユダヤ教は「まだ来てない」派、キリスト教は「イエスが救世主」派、イスラム教は「ムハンマドが救世主」派という違いがあります。
キリストやマホメッドは、新たな教えももたらしたので、それぞれに違いはありますが、根は同じ宗教です。

日本人は基本的に八百万の神を信じます。過去にはローマ帝国なども多神教でした。キリスト教は当時のローマ帝国にキリスト教を認めさせるなかで、多神教的な考え方を微妙に取り入れたりしています。

そもそも、創造主とイエスが居る時点で多神教的な側面を持っているようにも見えるのですが、そこは「創造主とイエスと精霊は三位一体」ということで一神教と解釈できるそうです。
それでも、イエスよりもマリア信仰が強い地域などは、実質的に多神教になってしまっていますね。映画化するスコセッシのルーツも、マリア信仰の強い南イタリアにあります。

このような矛盾をあまり深く追求せず緩やかに受け入れたことで、キリスト教はそれぞれの地域の神と融合出来、広まっていったとも言えると思います。

遠藤も「沈黙」のなかで、日本におけるキリスト教はもう変質してしまっているということを描写し、ロドリコの師やかつては信者だったイノウエの棄教の理由の1つにしています。

ローマ教会の厳しい戒律は日本にはなじまなかったのです。日本のキリスト信者の多くは、「日本の神はこの苦しみから救ってくれない」というところから、「死んで天国で幸せになれるなら」とキリスト教を信仰しています。
現世があまりに厳しいので、死んだ後くらい幸せになりたいという欲求がベースになっているのです。

でも、遠藤の描くキリストはそういったもの達の欲望も苦しみも包みこむ存在です。ただ、一緒に苦しみ、嘆いてくれるだけの存在。なんの利益ももたらさないかもしれないけれど、ただ一緒に苦しみを分かち合ってくれる。

遠藤はキリスト教の持つ最大の救いの能力はゴルゴダを登るキリストと言っています。拷問の末汚れにまみれ十字架を背負い激しい罵声を浴びつけられる姿が、歴史上もっともみじめで美しい人間であるとしています。

誰にも認められず、汚く惨めな自分をどこまでも無限に傍らにいて見守るのがキリストであるとしています。
かなり異端な考え方であり、「沈黙」は棄教という結末を迎えることもあり、一部の教会では禁書にされたりもしました。しかし、遠藤の信じるキリストは日本人にはとても馴染みやすいと思います。

日本にキリスト教は根を下ろさないと断言したイノウエやフェレイラですが、このキリスト教なら根を下ろす確率が高いでしょう。
日本人は昔から里山を信仰してきました。自分が生まれる前から、そして死んだ後もずっと見守ってくれる不動の山を信仰してきた民族なのです。

ロドリゴが失った仲間、ローマ教会、司祭としての地位全てに変えても「ただ一緒に苦しんでくれる」存在というのは、とても大きく温かいものとして存在します。
遠藤はそれを「母性的な愛」といい、日本でキリストよりもマリア信仰が強かったことも「沈黙」の中で指摘しています。
この「弱者の神」「同伴者イエス」という考えは、作中の言葉にも現れます。最後にもう一度引用して終わりたいと思います。

「私は沈黙していたのではない。お前たちと共に苦しんでいたのだ」
「弱いものが強いものよりも苦しまなかったと、誰が言えるのか?」

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